2014年 01月 11日
敗者を弔う |
名古屋の業者に研削盤を2台納めている。
設置や調整に行く途中で「桶狭間古戦場」という標識があって気になっていた。
今日、あまりに早く仕事が片付いたので、帰りに寄ってみることにした。
「川中島古戦場」と同じに、広大な敷地を想像していたのだが、行ってみたら駐車場すら設置できないほどの小さな公園だった。
道を挟んで西側に寺があり東に公園。お寺の東側に傾斜の竹林があって、背後から信長が奇襲をかけた伝説を連想させる・・・が、あまりに狭い(苦笑)
地方の有力者や、政治家が、何度か義元の供養塔や墓標を建てている。
その気持ち、分かるような気がした。
信長が善人であったという訳ではないのと同様、今川義元が悪人だったという訳ではないだろう。
信長で無くても、誰かがきっと武家社会を築いたはずと思える。
歴史においては勝者も敗者も無い、というか両者が必要ということ。
勝者ばかりの歴史も無ければ敗者ばかりのそれもない。両者とも無ければ歴史は進まない。
今川義元の墓に手を合わせた。
設置や調整に行く途中で「桶狭間古戦場」という標識があって気になっていた。
今日、あまりに早く仕事が片付いたので、帰りに寄ってみることにした。
「川中島古戦場」と同じに、広大な敷地を想像していたのだが、行ってみたら駐車場すら設置できないほどの小さな公園だった。
道を挟んで西側に寺があり東に公園。お寺の東側に傾斜の竹林があって、背後から信長が奇襲をかけた伝説を連想させる・・・が、あまりに狭い(苦笑)
地方の有力者や、政治家が、何度か義元の供養塔や墓標を建てている。
その気持ち、分かるような気がした。
信長が善人であったという訳ではないのと同様、今川義元が悪人だったという訳ではないだろう。
信長で無くても、誰かがきっと武家社会を築いたはずと思える。
歴史においては勝者も敗者も無い、というか両者が必要ということ。
勝者ばかりの歴史も無ければ敗者ばかりのそれもない。両者とも無ければ歴史は進まない。
今川義元の墓に手を合わせた。
by freepa
| 2014-01-11 01:31
| 日記